参加応援プログラム:石巻・女川被災地ガイド

私もこのプログラムを利用して、被災地を訪問しました。
私が訪問したのは宮城県の「石巻・女川地区」。

この地域は震源に最も近く、地震発生から30分足らずで津波が押しよせた地域で、石巻市と女川町で死者・行方不明者あわせて4,827人と、甚大な被害がありました。
(震災関連死含む。平成25年11月8日公表、宮城県ホームページより引用)
 東日本大震災の地震被害等状況及び避難状況について – 宮城県公式ウェブサイト

石巻市立大川小学校。
多くの児童、学校関係者が犠牲となりました。
そのときに何をすべきだったのか。
行政に携わるものとして、これからも考え続けなければなりません。

震災後の石巻市立大川小学校1

震災後の石巻市立大川小学校2

お聞きした話では、津波はこのくらいの高さ。
橋が見えなくなったそうです。
海岸

学校裏の山。
木の皮の状態から、津波はこのあたりまで達したと考えられます。
学校裏の山

女川町の高台にある「女川町地域医療センター」から見た見た女川町中心部の様子。
報道では目にしていましたが、実際に状況を目の当たりにして言葉を失いました。
町立病院1

町立病院2

津波はこの写真を撮った場所から、さらに2mの高さまで押し寄せました。
高さは約20mだったそうです。
町立病院3

助かった方は、建物奥の斜面を登り、ようやく難を逃れたとのことです。
町立病院4

横倒しになっている建物。
緑色の部分が屋上です。
町立病院5

緊急時における避難通路の確保、平時の避難訓練など、海沿いの町における津波防災対策の重要性を痛感しました。

震災から立ち上がる動きも加速しています。

こちらは女川町の「きぼうのかね商店街」。
商店街1

ここには郵便局や金融機関、
商店街2

食料品店や飲食店など約20棟の仮設店舗が並んでいます。

商店街3

商店街4

被災地でも最大級の仮設商店街で、女川町の復興の中心的役割を担っています。
 

この商店街のシンボル「希望の鐘」。
商店街5

震災前はJR女川駅に4基設置されていたものです。
津波により女川駅も被害を受け、希望の鐘も流されてしまったのですが、4基のうち1基が奇跡的にがれきの中から音が出る状態で見つかったとのことです。

石巻市の「がんばろう!石巻」看板。
看板1

石巻市の中でも被害が甚大だった南浜町・門脇地区。
この地域では6.9mの津波がおそった後、大規模な火災が発生しました。
看板2

看板3

この看板は、この地で店舗兼住宅を失った方などにより、
「津波には負けたくない」
「元気を出せないでいる地域の皆さんを励ましたい」
との想いで設置したものとのことです。
(参考:がんばろう!石巻の会ホームページ)

看板4

看板5

被災地を回って感じたのは、報道だけではわからない過酷な「現実」があったということ。
一方で、復興に向けて立ち上がろうとする方々の強さも感じました。

このブログをご覧の皆様におかれましても、引き続き被災地への暖かいご支援、ご協力を賜りますよう、心からお願い申し上げます。

この日の訪問先
・石巻市立大川小学校
・旧石巻青果花き地方卸売市場(石巻最大のご遺体安置所であった場所)
・上釜ふれあい広場(ご遺体の仮埋葬地となった場所)
・女川町地域医療センター(旧女川町立病院)
・トレーラーハウス宿泊村「El Faro」(女川町)
・きぼうのかね商店街(女川町)
・高政 万石の里(女川町の蒲鉾店・こちらで震災当時の映像を見ることが出来ます)
・「がんばろう!石巻」看板(石巻市門脇町)

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